草木をめぐる仕事〈第3回・後編〉萩尾エリ子さん──ハーバリスト
草や木、花や果実。植物といういのちと日々向き合い、親密な時間をともにする人々に話を聞くインタビュー連載『草木をめぐる仕事』。
信州・蓼科の老舗ハーブショップ「蓼科ハーバルノート・シンプルズ」を拠点に植物の豊かさを伝えるハーバリストの萩尾エリ子さんへのインタビュー後編では、「命としての植物」に近づいていきます。
芽吹き、育ち、やがて枯れていく植物から私たちが学ぶものとは。植物が教えてくれる「魂の定位置」とは──。
(取材日:2018年6月22日 文&写真=河野アミ)
▶前編はこちら → 草木をめぐる仕事 〈第3回・前編〉 萩尾エリ子さん
自然は「持ち時間」の違うものが集まっている場所
──著書の『香りの扉、草の椅子』の中で、「緑の中にいると自分の境界が消える」と書いておられます。私の友人にも「木々の中を歩くとエゴが溶けて楽になる」と言った人がいますが、きっと同じような感覚ですね。
私、東京から蓼科に移り住んだ時に、それを初めて感じたんです。さっき少し話しましたが、子どもの時の私は病弱で寂しくて、(外界との)境界をすごく感じていたんですね。他者とか、空気とか、環境などに対して。
私というものはこの肉体の中に入っていて、鳥かごの鳥のように、ここから決して出られない。出るのは死ぬ時。だから死ぬまでは、この乗り物に乗っているしかないんだ・・・って。今考えればたいした不幸を背負っていたわけでもないんですけど、そんな思いから、妙に達観した子どもになったんですね。
──本にも書いてらっしゃいましたね。背伸びをした、大人びた少女になっていったと。そんな少女が社会に出て、広告代理店を経て、お連れ合いと東京の青山でバーを開店。やがて蓼科に移られました。
子どもも生まれて、毎日地下のバーで働いて、心の中には鳥かごの鳥のような思いがある。疲れたんでしょうね。ところが蓼科に来たら、途端に楽になったんです。それはもう、涙が出るほど。呼吸が、すごく深くできた。「夕日はなんと美しい! 鳥の声はなんと素晴らしい! 朝のこの澄んだ空気はなんだ! もしかして私は自由なのか・・・!?」ってね(笑)。それが蓼科の緑に触れた時の、最初の感覚。
どうしてそう感じたのかはっきりとはわからないけど、あの時の感覚を今も忘れていないので、それ以来ずっと、私は自由だと思えてるんです。
──都会だと競争や他者の視線にどうしてもさらされますから、それらがなくなったことも楽になった一因なのかもしれませんが、やはり「緑の気配」の力も大きいような。
そうですね。私はいつも、木の時間、草の時間って、思うんですよ。猫の時間、犬の時間もあるけど、みんな持ち時間が違う。命をまっとうしたとしても、それぞれの持ち時間は違う。自然というのは、そういうものが寄り集まっていて,本当に面白いなあと思うの。
植物や動物に生き死にを学ぶ
──「持ち時間」に思いをめぐらすのは、とても大事なことだと思います。さっき話に出た、メディカルアロマで言うところの「成分としての植物」が注目されるのは素晴らしいことですが、「命としての植物」が教えてくれることもある。植物は育つことも枯れることも見せてくれる。医学が発達してきたからこそ、死生観を養うことも大切ではと。
私たちも、ずっと奥のほうに、まだ野生が残っていると思うんです。動物の本能がね。だからそういうものに呼応するはずなんですよ。うちのスギナという猫が亡くなる時にね、最期の日もふらっと外に出て、帰ってきたらもう、お気に入りの場所に乗る力もなくなっていたの。それで、草をいっぱい敷いた上に寝かせたら、すごく幸せそうにして逝ったんです。
スギナ以外の猫もそう。草を敷くと落ち着くみたいでね。私、人間もそういう自然と呼応するものを持っていると思う。そういう意味でも、植物に学ぶこと、動物たちに学ぶ部分というのはたくさんあると思います。
結局、死ぬには、なにかがないと死ねないんですよ。老衰が一番いいけれど、それでも弱っていく過程というものはあるわけでね。私の母は昨年亡くなったんですが、90歳を過ぎたあたりで、身体が器として無理になってきたんです。本人も「飽き」のようなものを感じているのが伝わってきた。
母のように、器と中身とが「もう次に行っていいかな」と感じられるところまで行ければ、最高なんですよね。それでも最終的には肺炎になっていますし、逝くには、なにかしらがないと逝けない。それはもう、仕方のないことでね。
──現代人は、なかなか枯れられなくなっていますね。身体が枯れたがっていても、それを受け入れられない気持ちや事情もあって。
本当はね、死期が訪れたら、枯れなきゃダメなの。諏訪中央病院の今井澄さんは胃がんになって、在宅治療だったんだけど、痛みは止めてほしい、でも点滴は要らないと言ったんです。それで見事に生ききった。同じ年に私の夫も亡くなったんですが、今井さんの姿を見せてもらっていたので、夫も亡くなる時は点滴をしないことを決めていたんですね。
苦しい痛いというのはできるだけ減らしたいし、長く続かなければいいと本当に思うんです。そこのところで、なにかできることがあればとも思います。ただ、魂と肉体が分かれる時は必ず訪れるもので、完全に分かれた時が亡くなる時。名前を持った個が終わる時。次はなにになるのか・・・花になるのか虫になるのか、わからないけれど。
──その「魂」というのは、心とはまた違うものですね。
違いますね。もっと純粋なものというか・・・。心はこの肉体の中にあるものかもしれないけど、魂は望みさえすれば出入り自由なもの、かな。
植物のように定点から世界を見る
私の勉強会には「グリーンソウル」という名前がついてるんです。緑の魂。マヤ(文明)では東西南北の方角を色と結びつけていて、緑は東西南北を結んだ、ちょうど真ん中なんですね。つまり、動かない場所。それを知った時に、「ここにいる」ことが「緑」なんだと思ったの。
あっちに行きたい、こっちに行きたい、あそこにはなにかがあるかもしれないと考えて人は動き続けるし、それはそれで意味のあること。でも,最終的には「ここ」にいる。旅に出ても「ここ」が基本なんです。
──「ここ」というのは萩尾さんの場合、蓼科であり、ハーバルノートであり、緑のある場所・・・ですか?
そうとも言えますね。つまり、定位置。私、定点観測の価値がわかったんですよ。物事を定点で見ていると、いろいろなものが見えてくる。どこかに行かなくても、ちゃんと見えるの。
たとえば、お店に誰かが来て話をすれば、話の向こうに見えるものがある。一本の木を見ていても、その移り変わりの中に見えるものがある。そこにはやっぱり世界がありますからね。そして、「動かない」というのは要するに、植物なんだと思うの。植物は種になって風に乗ることはあっても、芽を出し、根を張れば、そこからはもう動かない。
私は人間だから、肉体はどこにでも行くことができるけど、魂はつねに「ここ」にある。だから(心や頭が考える)思想などが変わることはあっても、野原にしっかりと立っている──そんな私であり、ハーバルノートでありたいと思ってやってきたつもりなんです。
──ハーバリストとしてのミッションのようなものは考えますか?
そうですね・・・私にできるのは、お話ししてきたような「緑の気配」を感じてもらうこと。息のつける場所を作ること。人は酸素がないと生きていけないでしょう? つまり、植物がないとダメなんです。ちゃんと呼吸できれば体が楽になって、今よりもう少し笑えるようになるかもしれない。脳に酸素が行くようになって、いいことを考えられるかもしれないし(笑)。
人と植物がいい形で共存できるよう、緑はやっぱりいいねと思ってもらうお役には、少しは立てるかなと思います。そしてもう一つ、私の持ち時間の中で、もう少し「道筋」をつけたいとも思ってるんですね。
──ハーブやアロマの価値を、より広く、深く知ってもらうための道筋ですね。
私の前にも道をつけてきた人はいて、私が始めた20年前から比べても、ずいぶんと道は広がってきましたけど、もう少し・・・ね。私と同じ志を持つ若い人の中には、病院などでのボランティアを、無償ではなく有償でやったほうがいいと考えている人もいます。これからの人たちが、それができるようになるために、私は今、無償でやってるんですね。無償だからこそ心を引き締めなければならないことも多いんですけど。
ただ、私たちがやっていることがより認められて、仕事になる、もっと人の役に立てるようになればとは私も思うし、先ほどおっしゃっていた死生観を養うという、その過程も、少しでも明るいものだったらいいなと。その道をつけるのは開拓した者の務めなので、もう少しやっていきたいと思ってます。
▶「萩尾エリ子 ハーバル・ワークショップ」 at 穂高養生園のリポートはこちら
■お話をうかがった人
萩尾エリ子 HAGIO ERIKO
ハーバリスト、ナード・アロマテラピー協会認定アロマトレーナー。
1976年、東京から蓼科に移住。八ヶ岳山麓の自然を師に、園芸、料理、染色、陶芸、クラフトを学び、開拓農家の家屋を借りて、ハーブショップ「蓼科ハーバルノート」を開く。
1992年から1999年までレストランを併設、同時に10年をかけて荒地から3,000坪のオーガニック・ガーデンを造園。また、諏訪中央病院のハーブガーデン・プロデュースとグリーン・ボランティア(園芸ボランティア)を興し、現在も同病院で活動。諏訪赤十字病院精神科ではアロマ・トリートメントを中心としたボランティアを行っている。
主な著書に『香りの扉、草の椅子』(地球丸)、『八ヶ岳の食卓』(西海出版)、『ハーブの図鑑』(池田書店)。
ホームページ http://www.herbalnote.co.jp
Instagram https://www.instagram.com/herbalnote_simples/
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この記事のライター
河野 アミ
河野アミ 編集者&ライター。 東京と安曇野を行ったり来たりしながら、ミュージシャンのインタビューから人々の暮らしにまつわるあれこれまで、幅広く聞いたり書いたり作ったりしています。企画編集した主な本は、サンプラザ中野くん「125歳まで楽しく生きる健幸大作戦」(ファミマドットコム)、関由香「ふてやすみ」(玄光社)、美奈子アルケトビ「Life in the Desert 砂漠に棲む」(玄光社)、高嶋綾也「Peaceful Cuisine ベジタリアン・レシピブック」(玄光社)など。