考花学のすすめ vol.15 聖なる緑の日~聖パトリックの祝日~
今回は日本人にとっては少し馴染みの薄い話ですが、面白い話。
アメリカ留学中のとある3月の昼下がりのこと。
大勢のアメリカの友人にとり囲まれ、とにかくつねられた記憶があります。
「えぇ? なんで?」
と問いかけても皆、にやにやするばかり。
聞けば「緑色のものを全く身に着けていないから」というのが理由です。
確かにそのときは緑とは無縁の服装をしていたのです。
この日、3月17日は5世紀初頭にアイルランドにキリスト教を広めたと伝わる聖パトリックことパトリキウスの命日で、アイルランドはもちろん、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアでも特別な催し物が行なわれる祝日となっています。
パトリキウスは慈悲深き聖人として知られています。
もともとイギリスに生まれた彼は、少年時代に奴隷としてアイルランドに連れてこられましたが後に自力で故郷に戻って神学を学び、両親の反対にもかかわらず自分を奴隷として虐待したアイルランド人にキリスト教のよき教えを、真心を持って広めようとしたからです。
では、彼と緑色とはいったいどういう関係にあったのでしょう。
432年のこと。ローマの教会から布教を命じられてアイルランドを訪れたパトリキウスでしたが、キリスト教に馴染みのないアイルランドの人々にどう教えを説いたらいいのか四苦八苦するのです。
特に「父なる神と息子なるキリストと精霊とは三つで一つ」という三位一体の教義を教えることがとても難しかったといいます。
しかし彼はくじけることなくあたりを見回し、三つ葉のシャムロックを手にとります。
彼は人々に
「このシャムロックの三つの葉のように、切っても切れない密接な関係が神とキリストと精霊の間にはあるのだ」
とわかりやすく説いたのです。
シャムロックはマメ科のツメクサやカタバミ科のミヤマカタバミなど三つ葉を持つ草を総称する呼び名ですから、彼がどの草を人々に示したかはわかりませんが、いずれにせよ三つ葉の草が布教のために役立ったことは間違いありません。そこで、そんな三つ葉の緑がいつしかパトリキウスのシンボルカラーとなり、今に伝えられているというわけなのです。
さてパトリキウスと緑色との関係は多くのアイルランドからの移民によってアメリカに伝えられ、この地で大いに大衆化されることになりました。
そこで3月17日のパトリキストの命日にはカトリック信者ならずとも、緑色の衣服を着たり、シャムロックを模った意匠を飾ったりといった慣わしが定着したのです。
この日に緑色の服を着ていないとつねられるのもアメリカ人特有の遊び心がいっぱいの楽しいいたずらなのです。
text / 月刊フローリスト イラスト/高橋ユミ
[語る人]川崎景介 Keisuke Kawasaki [ http://www.mamifds.co.jp ]
花文化研究者。マミフラワーデザインスクール校長。米国アイオワ州グレイスランド大学にて史学を専攻し卒業。フラワーデザイナーの養成機関等で教鞭をとり、スクールでは考花学のクラスを持つ。執筆活動や全国での講演活動に従事するかたわら、日本のみならず世界各国の花文化を独自の視点で研究し、フローラルアートの啓蒙に努めている。日本民族藝術学会員。
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この記事のライター
川崎 景介
花文化研究者。マミフラワーデザインスクール校長。米国アイオワ州グレイスランド大学にて史学を専攻し卒業。フラワーデザイナーの養成機関等で教鞭をとり、スクールでは考花学のクラスを持つ。執筆活動や全国での講演活動に従事するかたわら、日本のみならず世界各国の花文化を独自の視点で研究し、フローラルアートの啓蒙に努めている。日本民族藝術学会員。