男爵の100年ツツジを、次の100年へ繋ぐ[神奈川]
由緒正しきツツジの名所
ソメイヨシノに続いてヤエザクラが散り、バラの季節が始まるまでの間、
庭をあでやかに染め上げるのは、紛れもなく、ツツジです。
ツツジは、日本や中国を中心としたアジア東部を原産とする植物。
もともと日本にある植物なので、丈夫で育てやすく、
古くから家庭の庭はもちろん、公園の花木や街路樹としても、たくさん用いられてきました。
もちろん、国内にはツツジの自生地が点在しているほか、
庭園や寺社といったツツジの名所も全国に存在しています。
そのなかのひとつ、神奈川県の箱根芦ノ湖の湖畔に建つ「小田急 山のホテル」の庭園は、
かつて、三菱財閥創始者の岩崎彌太郎の甥で、
四代目社長であった岩崎小彌太男爵の別邸でした。
季節になると、はるかに望む富士山に向かって
駆け上がるように植栽されたツツジが、
色とりどりのカーペットのような景色を見せてくれます。
このツツジの多くは、なんと小彌太男爵の別邸時代に植えられたもの。
樹齢100年以上たった古株や、人の背丈を超す大株もあり、
庭園の歴史を感じさせてくれます。
*上の写真が、箱根・山のホテルのツツジ庭園
ツツジプロジェクトがスタート
さて、歴史ある庭園だからこそのお悩みもありました。
それは長いあいだに札や記録が紛失するなどして、
品種名が不明になってしまった株が出てきてしまったからです。
そこで山のホテルでは2016年5月、専門家への協力を仰ぎ、品種調査を実施。
調査に臨んだのは、ツツジ・シャクナゲの研究家、倉重祐二さんです。
倉重さんはまず、品種の同定* の調査に取り掛かりました。
開花時期の庭園に出向き、実際にひと株ずつ花を見て、
品種名が不明になっていた株の名前を、明らかにしていきました。
その結果、庭園のツツジには、現代では栽培されなくなっていたり、
株自体が減少していたり、
また、国内では栽培例が少ない希少と思われる品種が
いくつも含まれていることが分かったのです。
例えば写真の「京鹿の子」「峰の松風」は現在では栽培も少なく、生産もされていないため、
手に入れようとしても難しくなってしまった品種の代表です。
*品種の同定:植物分類上の所属を決定すること。
「男爵のツツジ」を残す① さし木でつなぐ遺伝子
このプロジェクトでは歴史ある庭園を、
できる限り現状維持しながら未来へと残していくために、
新しい株を補植していくのではなく、
今ある古い株の枝をさし木して新たな株をつくり、
その株で男爵のツツジの遺伝子を繋いでいく方法をとることにしたのです。
植物が、次世代へ命を繋いでいく繁殖方法は、
主に「タネからふやす方法」と
「植物の体の一部を切って根を出させ、新たな株にする方法」があります。
「タネからふやす方法」をとる場合、母親(雌しべ)と父親(雄しべ)が必要です。
雄しべの先端にある花粉が雌しべにつき、受精してできたタネは、
母親と父親の遺伝子を半分ずつ持ち合わせています。
よって、そのタネから生えた株の遺伝子は、
純粋には母親、もしくは父親の株と全く同じ遺伝子ではなくなっています。
「植物の体の一部を切って根を出させ、新たな株にする方法」の代表がさし木です。
この場合、母親や父親は関係なく、
その株そのもののコピー株ができるので、遺伝子は、元株と全く同じになります。
男爵のツツジの遺伝子をそのまま後世に残すには、
この後者の方法が最もふさわしいというわけです。
また、さし木なら、新しい株でも比較的早く花を咲かせることができるので、
ツツジのような観賞用植物で、今回のような目的には、
恰好のプロセスといえるでしょう。
同所では男爵のツツジのなかから「小紫」「八重げら」など6品種の枝を切り取りって、
協力を仰いだ新潟のツツジ農家に送り、苗木へと育てることにしました。
現在も苗木は順調に生育中で、
初回の2015年から新潟で育てられている苗木は、
今年の6月、山のホテルのまずは圃場へと、里帰りする予定になっています。
また、2016年6月にも、同様にさし木用の枝が新潟へ送られており、
さし木でつなぐ遺伝子作戦は、着々と進められています。
「男爵のツツジ」を残す② 既存の株をより長く
さて、2016年5月、品種の同定調査時に、
倉重さんから、気になる二つの指摘がありました。
1. 花の大きさが、品種の基準より1/2〜2/3程度小さいこと。
2. 翌年の花を咲かせる新しく伸びた枝が、短く細いこと。
いずれも古い株にありがちな状態で、株がやや衰弱傾向にある場合に見られます。
庭園のツツジは、年間を通して管理されているものの、
古い株だからこそ、より手厚いケアが必要だとわかりました。
そこで、さし木による新しい株の用意と並行して、
既存の株をより永らえるための、新たな作戦を開始。
庭園の土を改めて調査し、その結果に基づいて
土壌改良を行うよう、倉重さんからアドバイスをいただきました。
写真はツツジの季節を目前に控えた3月下旬、
ツツジの今年の生育と花つきをフォローするために行われた作業の様子です。
岩崎小彌太男爵が愛してやまなかったツツジを慈しむプロジェクト。
2年目のシーズンを迎え、ますますあでやかな花を咲かせては、
多くの人々の目と心を魅了することでしょう。
なお、庭園でツツジに続いて、シャクナゲ園も見ごろを迎えます。
こちらももちろん、別邸時代に植えられたもの。
ツツジ共々、倉重さんから同様のアドバイスを受けながら、
引き続き、調査と手厚い管理が行われていく予定です。
施設情報
小田急 山のホテル
神奈川県足柄下郡箱根町元箱根80
https://goo.gl/maps/6cPNkiHr7642
TEL:0460-83-6321
http://www.hakone-hoteldeyama.jp/
庭園一般開放期間 ツツジ開花中(開花状況は上記ホームページで確認)
庭園見学料 800円
見学時間 9:00〜17:00
花DATE ツツジの見ごろ:5月上〜中旬、シャクナゲの見ごろ:5月中〜下旬、バラの見ごろ:6月中旬〜7月上旬
*ツツジの開花に合わせて「つつじ・しゃくなげフェア2017」を開催。(期間は上記ホームページで確認)
text ウチダトモコ
写真提供:小田急リゾーツ
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この記事のライター
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