谷匡子が伝える花と言葉
三月、弥生
ゆるやかな柔らかい光を帯びた
小さなコナラの芽が銀色に山を輝かせる。
ホーッホーッホケッと鶯
何とも下手に鳴き始める。
三寒四温という言葉の通り
寒さと温かさを繰り返し、
一雨ごとに淡い緑が増していく。
透き通る緑が野山に賑わう頃、
鶯もホーホケキョと見事な歌声を響かせる。
移ろいゆく春の喜び
雑草が駆け出すように地面を彩る。
四月、卯月
ふるさとに遅い春……
私の通った中学校は、校舎の裏に一面の山。
四月の中頃を過ぎると
ほのかに薄いピンク色の山桜が
静かに咲き始める。
斜面に寝っ転がり、枝越しに空を見る。
風が吹くたびに、
はらはらと舞う花びらの中で
チャイムの音に起こされるまで、
友人たちと束の間の昼寝を楽しんだ。
五月、皐月
水をたたえた田んぼに
山の景色が映り込み、鏡面のように美しい。
澄んだ川の水が
柔らかい水辺の草に喜びを与える。
新緑に満ちた光が射し
眩しい木々が爽やかな風に包まれる。
山には薄紫色の桐の花。
六月、水無月
重なる雨が季節を紡ぐ
四日目の雨
大切な人が嫁ぐ日。
小さな庭からあれこれと緑を摘んで
目を閉じてブーケを束ねる。
その手は知っている
花からの言葉を聞きながら。
降り続いた雨の恵みを受けて
たっぷりと水気を宿した花からは
花嫁を祝福する美が溢れだす。
七月、文月
美しい霧の深さに導かれ
どこまでも進んでいく。
そこには神秘的で清らかな朝。
山の奥へ、
木々の匂いに誘われるまま身を委ね
沢を流れる水の音が森を包む。
白く清楚な岡虎ノ尾が森に踊り
山百合の茎が流れるように揺れている。
解き放たれた夏の森々たる景色が眩しく
透き通っていく心がそこに在る。
八月、葉月
夏の朝が楽しみで仕方ないのは
紫の朝顔に会えるから。
兄に連れられカブトムシを捕りに、
山の上から沢に流した笹舟を
追いかけて駆け降りた夏の記憶。
夕暮れ時に刈った草の匂いが
芒のなびく風に吹かれて届く。
季節は何度も行き来して名残の夏を慈しみ
訪れる秋を迎える。
九月、長月
どんぐりの成り年の後には
子グマがたくさん生まれるという。
受け継がれてきた自然の営みは
奇跡の積み重ね。
生きる動植物は風の音に耳を傾け
秋に蒔かれた種が新しい命につながる。
賑やかだった虫の声が少し静かになった頃
金木犀の香りが道ゆきを誘う。
十月、神無月
風の匂いが澄んできた。
落ち葉が一枚はらり、二枚はらり
虫の声に波長を合わせ
舞い降りてくる。
秋へ
深く
少しずつ葉が色づいていく。
秋は少し淋しげで
それでいてちょっとほっとしたような。
夏休みに遊びに来た孫たちを
見送った後の祖父母たちのよう。
十一月、霜月
十一月の空
どこまでも続く澄み渡る空
頬に当たる風が冷んやりとし始めた。
朝の冷たい風が、心奥に響く。
少しずつ朽ちてゆく花の姿は
愛おしくもあり、切なくもある。
翌年への子孫を残し
次なる命を育むその気配は
おおらかで母のような愛で包まれている。
十二月、師走
静まりかえった遠景に
木守柿が冬を告げる。
すべてを取らずに残した柿。
鳥を思いやったのか
神に捧げたのか
日本の風習には余情がある。
美しい日本の四季は
日本人の心がつくりあげたもの。
一月、睦月
白く連なる山々
その景色に我を忘れひきこまれる。
清澄な夜明けの前の真っ暗な空に
ながれ星の雫。
白鳥が列を描いて群をなし
そろそろ北へ帰っていく。
ひそやかな蝋梅の匂いとともに。
二月、如月
二月三日の節分を過ぎ
立春を迎える頃
あたりはまだ寒さが厳しく
静寂な空気が流れる。
清らかに澄んだ空
山にはまだ雪が残る。
ただそこには
確かな芽吹きが。
その静かな佇まいから
待ちわびた春が始まる。
制作・文/谷匡子 撮影/野村正治
谷匡子さんは、日本人が持つ自然感、美意識を大切に、季節を五感で感じる表現を提案し続けています。
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